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1. ワークショップの目的 ● 科学技術活動のコントロールを、専門家/非専門家図式の中で語ることの有効性 と、その限界を明らかにする。 ● この図式の中で語られてきた、科学技術リテラシー、科学技術コミュニケーション、 合意形成モデルなどの意味を再検討する。 ● そして、その限界の突破口を探る。それは、非専門家の中に専門性を探る道なのか、 それともそれは迷路なのか。 2. ワークショップの時間割 9:20-9:30 ワークショップ趣旨説明 9:30-10:45 話題提供1 (討議25分を含む) 吉岡斉「科学技術批判の観点からみた専門家/非専門家図式」 1960年代に台頭した科学技術批判の流れの中で、科学技術専門家の社会的役割に 対する批判は、ひとつの有力な論点を形作った。 批判の様式は単一ではなかったが、最もポピュラーな様式の批判では、科学技術専門 家は、既存の権力構造の維持・強化に奉仕する全般的傾向をもつとされた。とくに、権力 をもつ者が加害者、権力をもたない者が被害者として対立するような状況において、科学 技術専門家は前者に味方し、後者に敵対する傾向をもつとされた。そこでは、科学技術 専門家は権力構造の中枢ではなく、そのやや周辺に位置するものと見なされた。 権力構造の中での科学技術専門家の役割と、科学技術専門家自体の権力作用につい て、理論と実際の両面から調査研究を深めると同時に、従来とは異なる性質の科学技術 専門家の可能性を展望することが、科学技術批判のひとつの重要課題とされた。 そうした批判の主たる担い手は、具体的領域において加害者及びその擁護者に対決す る道を選んだ専門家や、社会的・歴史的現象としてこの問題に関心を寄せる知識人・ジャ ーナリスト、などであった。 この報告の狙いは4つある。第1の狙いは、以上のような思想の流れを歴史的観点から整 理することである。第2の狙いは、この思想系譜から見たとき、今日いわれるところの専門家 /非専門家図式が、どのようなバイアスを帯びているかを検討することである。第3の狙いは、 専門家/非専門家図式が、現実問題に解析にどれほどの有効性を発揮しうるかを、原子力 政策を例にとって分析することである。第4の狙いは、この図式に基づく活動が現実に担って いる権力作用について、批判的分析を加えることである。 10:50-11:30 話題提供2 (討議15分を含む) 柿原泰 「専門家とは誰か? テクノクラシー再考」 11:30-12:00 レスポンス1 木原英逸 「民主的合理性を阻むもの」 昼食 13:00-13:50 総合討議 1 司会 鬼頭秀一 休憩 14:00-15:15 話題提供3 (討議25分を含む) 廣野喜幸「科学技術倫理・科学技術リテラシーと専門家/非専門家図式」 医療社会学・医学論で専門家/非専門家図式が問題になるのは、いわゆる専門家支配 (profession dominance)の議論においてである。そこでは、専門家支配の問題性 が検討される。この話題提供では、まず、医療社会学・医学論における専門家支配の 問題について再考する。そのうえで、それと対比しながら、科学/技術における専門 家/非専門家図式について、検討する。そして、科学技術倫理・科学技術リテラシー が問題となる場面で、専門家/非専門家図式がどう発動され、どのような課題を惹起 しているかについて、環境問題などの事例を交えながら、論じたい。そして、ではそ うした課題を克服する上で、どのような方途が考えられ、それぞれがどのようなもの として評価されるかに関する管見を披瀝する。 15:20-16:00 話題提供4 (討議15分を含む) 春日匠「公共圏対生活圏:「生活知の専門家」は可能か?」 近代的な政治哲学の前提では、PublicはPrivateに優越し、支配する概念であった。 これに対して、経済的、文化的なポストモダンは、利害主体を細分化することによっ て、こうした「大きな物語」としてのPublicの存在可能性に疑問符を突きつけた。 つまりそこでは、「公共圏」に「生活圏」を対置することにより、その脱構築が謀 られた。だが、この「生活圏的合理性」という概念は、多様な理解が可能である。こ のため、「公共圏」が可能だったときのような、統合的な視点による包括的な意思決 定は不可能になるし、そういった視点をもつ専門家ももはや存在し得ない。 こうしたなかで、科学論者や人類学者は、暗黙知といった概念で、人々の意思決定 の基盤である生活圏を(公共圏的合理性が届かない領域であるとして)神秘化するい っぽうで、自分たちのディスコース自体は公共圏的理性に裏打ちされつつ、生活圏を 体現しうるものとして表象しようと試みてきた。しかし、公共圏という法措定的暴力 装置の発動を避けた場合、それによって回避される倫理的問題もある一方、やはり社 会的意志決定は困難になる。昨今の多くの社会科学が(特にソフト社会科学と呼ばれ る領域において)「今後幅広い議論が必要である」といったクリシェに逃げざるを得 ないのは、研究者自身の知的怠慢だけではなく、こういった哲学史的背景にもよるの である。 ここでは、「今後の議論」を先に進めるために確認の必要がある幾つかの前提を考 察する。そのことによって、専門家/非専門家図式に見られる、能力と社会的意思決 定を巡る議論のよじれを明らかにし、専門家/知識人の職分と責任との再構築を試み る。 休憩 16:10-16:50 レスポンス2 柄本三代子/桜本陽一 16:50-17:40 総合討議 2 司会 堂前雅史 17:40-18:30 懇親会
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